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令和2年度第3学期始業式式辞

 皆さん、おはようございます。新年、あけましておめでとうございます。

 令和3年、2021年が始まりました。明るい話をしたいのですが、再び、新型コロナウイルス感染症のため緊急事態宣言が首都圏1都3県に発令されました。前回の全国に発出したものとは異なり、学校についても一律に休校措置が取られることはないということです。愛媛県においてもこの年末年始の間、毎日新たに陽性となった方が報告されました。知事も会見の中で話していますが、必要以上に恐れることはない、やるべきことをすればそれでよい、ということです。私一人くらい、守らなくても大丈夫、この考えが一番怖いです。自分の体調管理をしっかり行い、発熱していれば家で休む。係りつけの医者に連絡を取る、担任の先生に報告する。こういったごくごく当たり前のことを実践してください。

 この年初の時期、私はこの1年、何をやってやろうか、とか、どういう年にしようか、とか、考えます。また、人間にとって幸せとはなんだろう、とか、なぜ勉強しなければならないかをどうやって教えればいいのだろう、とか、なぜ学校で勉強しなければならないのか、とか、他愛もないことを考えたりします。そんな時に、ネットの記事の中で紹介されていた「勉強するのは何のため?僕らの「答え」のつくり方」という本に出合いました。苫野一徳さんという、大学で哲学や教育学を教えている先生が書いています。勉強するのは何のため?ズバリ、彼はその絶対的な答えはなく、自分なりの正解でよいと前置きをしたうえで、それは自分を自由にしてくれる力を身に付けるためであると述べています。人は自由になるため、つまりできるだけ自分が生きたいように生きられるようになるために勉強をしているのだと。

 しかし、私も思うのですが、皆さんの中には、古文の係り結びや文法、数学の三角関数や微積分など、将来何の役に立つのか、何で自分がそんなことをやらされなきゃならないのか、と疑問を持っている人も多いはずです。彼はこう言います。確かに学校で学んだ知識は全部が全部まるまる役に立つわけではないが、社会で必要な知識の大半を、私たちは実は学校で学んでいるということを忘れてはならない。社会に出れば、多くの場合、知らないことだらけ、学ばなければならないことだらけで、私たちはさまざまな場面で、さまざまなことを自ら学んでいかなければならない。その「学ぶ力」を学校で身に付けなければならないと述べています。その学ぶ力を身に付ける方法として、「探究型」「プロジェクト型」の学習スタイルを提唱しています。そうです、今私たちが行っている探究の時間です。この本が初めて出版されたのが、2013年ですから、もう8年も前に苫野先生は、探究型の学習の有効性を説いておられたのです。1・2年の皆さんは3月に開催される成果発表会に向け、さらに研究を進め、まとめてもらいたいと思います。コロナ禍の中で活動も限られたものになるかと思いますが、ネットをうまく活用するなど、工夫を凝らしてみてください。探究活動こそが、次世代を担う皆さんに学ぶ力を与える最も有効な学習方法ということです。

 3年生の皆さんは、学校に登校するのもあと20日余りとなりました。やり残したことはないでしょうか。大学入学共通テストも1週間後に迫りました。ここまでくれば今までに蓄えた力を、いかに出し切るか、です。健闘を祈ります。3学期、皆さんが勉強にそして部活動に今まで以上にがんばってくれることを期待して式辞とします。

令和3年1月8日 愛媛県立伊予高等学校 校長 芳之内亮